- 2013年10月01日19:00
フランスコミック”バンドデシネ”って何?――”現地フランスに住む唯一の日本人バンドデシネ作家”に直接話を聞いてみた
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本棚にあった何冊かの「バンドデシネ」を撮影してみました。
バンドデシネとは――
バンドデシネと いうフランス語は「絵が描かれた帯」という意味で、日本語に意訳すると「続き漫画」となる。10年前は、ほとんどの作品を日本語で読めな い“冬の時代”だったが、国内で昨年、翻訳・出版されたBDは約20作品に上る。オールカラーが主流で、絵の魅力を最大限に引き出すため、A4サイズほど の大判で刊行されることが多い。
(MSNニュースより)
「バンドデシネ」「ベーデー」「ベデ」「BD」等、様々な呼び方がありますが、「フレンチコミック」といえばわかりやすいでしょうか?
その大きさは、コッソリ一緒に並べてるコンビニコミック『解体屋ゲン』でわかると思います。
中を開くとこのようなフルカラー。
標準的にページ数は40~50ページ。
ちなみにこの作品は、邦訳版も出ている『モンスターの眠り 』(エンキ・ビラル)。
フランスには「マンガ雑誌」に当たるものがなく、こうしたBD作品はほぼ100%描き下ろしです。
人気シリーズ物と言えども次巻の発売までには最低半年以上時間が開き、上掲のエンキ・ビラル等、たった一人で作品を仕上げるアーティスト系の作家ともなると、2年の間があくこともザラ。
なぜそんなに時間が開くものなのかは理由がいくつかあり、
- 全ページフルカラー印刷のため、印刷自体に時間がかかる
- 日本で言う映画やゲームのように営業部がプロモーションをじっくり準備する
- そもそも大判カラーなので作家が作品を作るのに時間がかかる
そしてそんな間が開いても、読者はフルカラーで大判のバンドデシネを舐めるように何度も読み、眺め、次巻を待ち続けるわけで、
そういった観点からも1ページあたりのコマ数は日本のマンガに比べて多く、また1コマ1コマが執拗に描き込まれていることが多い。
製作に時間がかかるわけです。
こちら、邦訳版は無い『SILLAGE(シヤージュ)』というシリーズを見てみましょう。
SF作品で、フランスではかなり人気のある作品です。
新刊が出ると10万部近い売り上げになると聞いたことがあります。
日本の大人気マンガに比べれば全然少ない数字ですが、日本の半分ほどというフランスの人口や、1冊2,000円ほどの価格を考えれば、かなりのメジャー作品ですよね。
(うろ覚えなんで、部数間違ってたらすいません。)
表紙が日本っぽいのは、この巻が『SILLAGE』アンソロジー作品であり、
参加(作画)作家が全て日本人だからです。
(表紙は元の作画家・フィリップ・ブシェによるもの。)
収録されているアンソロジー作品のうちのひとつ、これは私がかつてマンガ家だった頃の相方「オオシマヒロユキ」の描いたページ。
1ページ平均10コマ。
フルカラー。
1コマが1つのイラストと言っていいクオリティの描き込み。
しかしそれを窮屈と感じさせない大判の装丁。(A4以上B4未満の変形版)
確かにこれはマンガとしてはページ数が少ないですが、むしろ連作イラスト集に近く、まさに「絵が描かれた帯――バンドデシネ」です。
この仕事をキッカケに、オオシマヒロユキというマンガ家はフランスに渡り、
現在はバンドデシネ作家になっています。
このアンソロジーに他に名を連ねるマンガ家には、RIKIさん(イラストで参加)や、さいとうなおきさんらがいらっしゃるのですが、日本を飛び出しバンドデシネ作家専業になろうと単身フランスに渡ったのは、彼一人です。
さて、こちらNewsACTのほうでは予習はこのくらいでいいでしょうか。
実はこれから書くことは私・猪原賽の個人ブログで書いたもの。
マンガ家原作者として業界関係者・マンガファンにぜひ知ってもらいたいと思って書いたことなのですが、アーティストという枠をマンガに限らず、音楽などでも通じるものがあるかもしれないとの反応をいただいたので、こちらでも広く知ってもらおうと少々編集し直して転載するものです。
少々長文になりますが、「アーティストの仕事環境」というものについて興味深い海外の事例というものを、ぜひ知っていただきたいと思います。
* * *
第04道「バンドデシネの分業制について」ちわっす。今回はバンドデシネの分業制についてです。フルカラー40~50ページ前後が基本のバンドデシネですが、基本は分業制...
私のブログ『賽の目記ポータル』では週に1回のペースで、オオシマヒロユキの在フランスBD作家現地レポート『ツール・ド・外道』という記事をアップしています。
先日それが第4回を迎えましたが、その内容は彼の住むフランスのランスという土地の紹介等を経て、やっと「バンドデシネ業界」というなかなか日本人が知りようの無い部分に踏み込んで来ました。
【広角レンズ】フランスの漫画 バンドデシネ 日本で脚光、ファン急増 - MSN産経ニュース http://t.co/PMVVQTjkQF
— 猪原賽 (@iharadaisuke) September 29, 2013
これは今年3月のニュースですが、じりじりと日本でも認知度が上がっている様子のBD。
このニュースとオオシマの現地報告を合わせると、ちょっと興味深いことがわかります。
記事によると中には15,000部にも届こうという邦訳版が出ていますが、日本に紹介されるBDが「約20作品」というのは当然フランスで出版されるBD全体から言えば少ないわけです。
そもそも日本でBDを知るファンはマンガファン・マニアの中でもごく一部。
現在は紀伊國屋書店の洋書コーナーでも一部のBDシリーズが並べられていますが、当然原書なわけで、本来はバカ売れするコンテンツではありませんでした。
(中野ブロードウェイにもかつてはBD輸入販売専門書店があったのですが、数年前に閉店してしまいました。)
ですがMSNニュースの記事のとおり、フルカラー大判のBDは日本のアーティスト・マンガ家の琴線に触れ、絵に関して古くから日本のマンガ業界に影響を与えて来たのは事実です。
メビウス、エンキ・ビラル、ニコラ・ドゥ・クレシーなどの巨匠に影響された日本の作家の絵、イラスト、マンガなどは、原書を知る者には「あれ、コレだな」と指摘出来るものも多いです。
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ですが上記のとおり、日本に入って来る原書も、邦訳される作品も、
フランスで流通するバンドデシネ(ベデ、ベーデー、BD)の中の一部。
その一部の作品、作家とは……オオシマヒロユキはこう指摘します。
全部1人でやる作家さんももちろんいますが、多いとは言いがたいかもしれません。
いわゆる日本に輸入されるアーティスト系の人は三分野全て自分で、と言う人が多い気がしますが、その分1冊に2年とかかかる人もざらです。
ここで言及されている「三分野」とは、
- 脚本家
- デシネター
- カラーリスト
の3つ。
その3つについてはコチラに詳しく説明がされています。
そして、「 日本で紹介されるBDアーティストはこの3つを兼業する者が多い」と。
事実、日本で読めるメビウス作品、エンキ・ビラル作品、ニコラ・ド・クレシー作品は、彼らが1から一人で描き上げた作品。
(ちなみにメビウスは現地・フランスでは、原作脚本家と共にコンビで作った作品のほうがエンタメ性が高く人気があるのだとか。)
MSNニュース内で紹介されている、
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これ、『闇の国々』はブノワ・ペータース(脚本)とフランソワ・スクイテン(作画)のコンビによるもので、近年日本で紹介されるBDの数が多くなって来ている為、こうしたコンビ作品が増えて来ている、とも言えるのですが、こうした近年のブーム以前は、前掲したメビウス、エンキ・ビラル、ニコラ・ドゥ・クレシーと言った、三分野兼務作家が日本で言うバンドデシネの作家像でした。
ですがオオシマが『ツール・ド・外道』第3回でも語っていたとおり、バンドデシネ製作という仕事を生業とする者は多くがそれぞれ上記の
- 脚本家
- デシネター
- カラーリスト
の分業体制を取っており、アニメスタジオとも「トキワ荘」とも言える共同アトリエを持ち、そこへ通い、それぞれの仕事(あるいはアトリエ内で特定の作家と組む仕事)をしています。
また、この記事を『賽の目記ポータル』に掲載するに当たって、現地のオオシマヒロユキとSkype打ち合わせをした際、面白い話を聞きました。
――共同でアトリエ借りてるって、キミは自宅の家賃の他にアトリエの家賃払ってるの?
オオシマ「払ってないよ?」
――は? 広い部屋をみんなで借りてるんでしょ? 家賃510ユーロだったから”Atelier 510”って名前だって記事にも書いてるけども。
オオシマ「ああ、それはね……」
”Atelier510”にデスクを持つBD作家・アーティスト達は、
アトリエとして仕事を請け負い、
企業のパンフレットや広告内のマンガを製作、
そのギャラをアトリエの家賃に当てている。
のだそうです。そうなると『ツール・ド・外道』第3回の文中にある
なかなかに有名で、ランスでバンドデシネ好きな人たちには、「ランスにはアトリエ510がある」というのが自慢になるくらいなんだそうです。
というのも納得。アトリエの名前で(タイアップとは言え)作品が出版(作成・配布)され、そのギャラがアトリエの運営費になるくらいの売り上げになっているわけですから。
スタジオの名前のファンもいても当然なわけです。
こうなると私が上に書いた、「アニメスタジオのような」アトリエというのもかなり的を射た言い方で、
日本で話題になるバンドデシネ作品ばかりを日本から見ていたのでは、まったく知りようもない制作環境、そして作家活動です。
ハッキリ言いますが、これ、日本の絵描き、イラストレーター、マンガ家、脚本家にとって、かなり羨ましい環境なんじゃないでしょうか?
毎週毎月発行される雑誌に掲載されたマンガが単行本となり、雑誌が、コミックスがコンスタントに売れてこその日本のマンガ業界に比べ、
描き下ろし、フルカラー、大判、
しかもそのページ数たった40~50ページの一冊のBDが、
人気シリーズと言えども最低で次巻の発売まで半年以上の間が置かれる
BDの出版スタイルは、まさに日本で言うアニメ制作、あるいはゲームや映画制作に近く、しかしそれで作家がそれぞれ生きているわけです。
ですが、日本でマンガファン・マニアの間で語られる「BD作家」像は、分業と言えども脚本・作画くらいの感覚で、むしろ全て一人でこなしているイメージさえある。
こんな共同体で細かく分業されているシステムだとは思いもしませんでした。
その辺りオオシマに聞いてみると、
「日本に紹介されているバンドデシネやその作家は、エンキ・ビラルを筆頭にアーティスト寄りの作品が占めているからだろう」と。
フランスの本屋バンドデシネコーナーを見れば、子ども向けから大人向けまで、日本のマンガにも引けを取らないエンターテイメント性の強い作品が数多く、
むしろ日本で名の通ったアーティスト系のBDは数が少ないそうです。
ですが、日本に入って来る(邦訳される)BDと言えば、アーティスト系――エンキ・ビラルやニコラ・ドゥ・クレシーと言った孤高の作家が多いですよね。
だからフランスのバンドデシネ業界に生きる作家達の実像・実態が日本には伝わりにくい、と。
余談ではありますが、そんなアーティスト系以外の、一般エンターティメントとしてのBDが日本に届けられるようになれば、さらにバンドデシネファンが多くなり、社会的にももっと認知されるのでは、とも語っていました。
日本から見ればまだまだ認知度が低く、「本当に売れてるんかいな」「作家がやってけるものかいな」「一部の大御所ばかりだろう」と思えるBDは、日本から見ればそうしたBDの1部分でしかない。
残りの大部分の現地のBD作家という職業は、
脚本家・デシネター・カラーリストに三分されつつも、
日本と同じエンターテイメント作品を、
または企業や地元に密接した広告コミックなどを作り、
時々協力し、時々個人の活動をし、暮らしている。
これらは日本人イラストレーター、絵でメシを食って行こうとする日本人にとって、
かなり魅力ある職場のように私は見ます。
もちろんその中に人気作家もいれば、兼業するほか無い程度のBD作家もいるということは、『ツール・ド・外道』第4回、以下のとおり。
(脚本家は、)基本的にはアイデアさえあれば一番時間的束縛のすくない分野ですので、多くの作品を書く売れっ子さん、様々な分野で書く売れっ子さん(TV、映画など)、本業で生活を支えられるほど書かない人なら副業でやっている人も多いです。
自分の身の回りにはなぜか本業が学校の教師って人が多いです。
「教師と副業」という部分は、日本においてはそれいいのかしら? と思ったりもしますがw
トキワ荘のように作家達が共同でアトリエを借り、それぞれの作家活動をしながら、時々アトリエの運営のためにみんなでひとつの作品を作る。
そんなトキワ荘以上、アニメスタジオ未満の仕事場や共同体って、日本にはない仕事環境です。
「分業制」が代名詞となっているアメコミともまた違うシステムで、個性がぞんぶんに発揮出来る環境であるとも言えます。
もちろん日本のマンガ家の仕事場は、スタジオ的な運営がなされているところが多いです。
会社になってる、なんて話もよく聞きますよね。
でもそれは大ヒット作、連載を抱える先生をトップにした、そのアシスタント達の共同体という形で運営されており、オオシマの伝えるフランスのアトリエとはパワーバランスが違います。
あくまでアトリエを共有する作家達のそれぞれの活動と、時々アトリエ運営の為の共同作業。等しく平等に個性と名を連ねる共同体。
こんなシステムで運営される日本の作家活動もあってもいい気がするんですよね。
皆さん、どうお考えですか?
賽の目記ポータル
http://iharadaisuke.hatenablog.com/
【猪原賽】