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あなたの暮らしのためになる(?)漫画原作者・猪原賽が発信する中央線ライフブログ

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小説「冷血」レビュー 〜事実と物語が融合した、まさに「ノンフィクション・ノベル」の傑作

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DVD「カポーティ」レビュー ~カポーティへの嫌悪感とワイドショーについて~

こちらの記事で、映画「カポーティ」を観たあと、さっそくこの映画のモチーフとなっているカポーティの著書「冷血」を買って来た、と書きました。

読み終えたので、レビューを書いておこうと思います。

結論から書くと、映画をまた観たくなる、傑作です。
「ノンフィクションノベル」とは、フィクションではない、事実・事件をそのまま、しかし確かに「小説」という形でまとめた、カポーティの造語であり、小説の(当時の)新ジャンル。

文庫の解説によると、カポーティは「冷血」を書くにあたって、

三年を費やしてノート六千ページに及ぶ資料を収集し、さらに三年近くをかけてそれを整理

したそうです。
その資料の収集は、映画「カポーティ」にも描かれているように、事件の当事者、関係者に突撃取材をし、書きためたものでしょう。
その量6,000ページものノートとなると、相当ねちっこく、詳しく聞き取りしたのが伺えます。

事実「冷血」は確かに小説なのですが、特に登場人物の家族関係が事細かに描かれ、それは半ば脱線レベルにまで掘り起こされ、しかし「キャラクターの掘り下げ」という意味では功を奏し、登場人物への感情移入がハンパないものになっています。
そして、そうした読者がつい感情移入してしまう登場人物それぞれが、実際に(当時)生きている実在する人間なんです

辺鄙、とも言っていい閑静な農村に生きる人々、
犯人がなぜこのような凶行に出ることになるのか、
そしてなぜ被害者が選ばれたのか、
なぜ、この村だったのか、
一見理不尽とも言える殺人事件の、登場人物の生まれから事件までの人生を細かく追うことによって、どんどん謎とされていたものが埋まっていく。
ともすれば起きるべくして起きた事件のように思ってしまう。

事件として既に「映画」で概要を掴んでいるが為にクライマックスはわかっているのに、そこに至る過程を地味に地味に追っていく、パズルを組み立てる面白さというのでしょうか、読み止まりませんでした。

そしてこの場合のクライマックスとは、
・殺人事件そのもの
・犯人の死刑

という二段階があり、事件そのものは第一章で早速起きてしまう。

第二章以降は、逃亡する犯人、追う警察、犯人が身内(村の住人)にいるのではないかと不安を募らせる住人達の生活等、そして犯人逮捕、裁判が時系列ごとに描かれます。
ただ、殺人事件の概要は、犯人が捕まった後描かれていく公判の中でハッキリするのですが……

映画「カポーティ」の中で、犯人にその真相を聞くべく、偽りの友情を以って接触する”冷血”なカポーティが描かれていた、そんなカポーティは「冷血」の中に登場することなく、あくまで第三者として、事件を小説に書きつける、天から見つめる存在に過ぎません。

カポーティは事件や、登場人物(実在する!)への感想も意見も感情もなく、この事件をただ読者に提示するのです。

カポーティの手のひらの上を転がされる読者は、登場人物すべてに感情移入しつつ、
犯人の処刑、という最高のクライマックスを見届けることになります。

映画「カポーティ」では完全に「幼稚の天才」が「常人」に堕ちた、その瞬間。
カポーティ自身の中ではここがクライマックスであり、ノンフィクションながらも物語となったこの事件の終わり、だったはずですが、

小説の結末は、この処刑の瞬間から一年前に遡り、事件の起きた村でのちょっとした出来事を描くことで終わっています。

一見なんでもない、事件後の村の日常。
それが読者にとっての感情のカタルシスとなり、非常に泣けるポイントになっているのですが、
これがカポーティの目指した「ノンフィクション・ノベル」というものの醍醐味かもしれません。

事実に事実を重ね、実際に存在する登場人物達のキャラを立たせ、スッと時系列通りに終わるのではなく、
「取材するカポーティ」は最後までその存在を物語に感じさせず、
ジャーナリズムのように問題を読者に投げかけたり、所見を伝えることもなく、
確かに「小説」としての体裁で「物語」が終わる。

この感覚は、衝撃的でした。

事件を淡々と追うルポルタージュとしても、
物語としても確かに成立している、カポーティの「ノンフィクション・ノベル」。

ぜひ、物語の最後を、皆さんにその目で見届けていただきたい。
傑作です。

これ以降カポーティ自身、長編を仕上げることが出来なかった、という事実も、「冷血」を読んでみると納得。
ぜひ、こんな重厚な「ノンフィクション・ノベル」を他にも読みたいなと思うのですが、
「冷血」を書くことで魂と才能(と時間)を削ってしまった、そんな苦悩も、映画「カポーティ」と合わせて読むことでよりわかるような気もします。

また映画「カポーティ」を観たくなりました。


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